が好いさ。こいつは何《どう》しても今日中に仕上げてしまはなければならないんだから。」
父親は煙管をくわへながら鞴《ふいご》をあをいでゐた。薄暗い土間に焔がゆらぎはじめた。
「ね、父さん、表の障子を閉めて頂戴よ、仕事着に着換へるんだから。」
八重は毛糸のジヤケツを脱ぎ、そして素肌になつて、壁にかゝつてゐた男用のメリヤスのシヤツをかむり、スカートを短くたくしあげながら脚のかたちに分けて、胸からダブダブのパンツが続いてゐる仕事服を穿き肩先まで備錠を掛けた。そして、バンドも何もついてゐない古い学生帽を両耳をかくす位に深くかむつて(火の粉が飛ぶからである、)父親に代つて鞴の前に安坐《あぐら》をした。
「お前をな、篠谷で小間使に欲しいといふ事伝《ことづて》がもう大分前にあつたんだが、俺は冗談ぢやないと思つて、まあ態好く断つて置いたんだが、あの太一郎の了見が俺には解らないよ。」
父親が突然そんなことを云つた。
「鍛冶屋の娘が、そんな小間使ひなんて……お行儀ひとつ知りはしない。――この格構を見に来るが好いわ。」
八重は腕が足りないので、バツク台でボートの練習をしてゐるやうに前後に大きく体を屈伸
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