させながら鞴の把手を動かせてゐた。
「ほんとうだ!」
父親は、架空の影をセヽラ嗤ふやうな苦笑を浮べ、娘に好意の眼を向けてゐた。
「然し、お前、斯んな暮しを不服に思ふことはないかね、稀には。いつの間にか、もう年頃なんだからな。」
「不服――それあ不服だつてあるわよ。」
八重は鞴の把手と一処に、わざと床とすれ/\になる位に仰《の》け反《ぞ》つて、
「あらまあ、父さんたら、妾が不服だなんて云つたら、あんな心配さうな顔なんてしてゐるわ。可笑しいな!」
と笑つた。八重は、ふざけて、気取つた演説口調で、
「何んな生活にだつて、幾分の不服や憂鬱といふものはつきまとふのが当然であり、たゞこれを以何に取り扱ひ……ハツハツハ、学校で修身の先生が仰言つたのよ。」
などと戯れながら、起きあがつた。
「あらまあ、つまんないことを云つてゐるうちにすつかり火が出来過ぎてしまつたぢやないの。」
「篠谷の鉄沓を打つのは此方も不服だ。」
父親と娘は反対の位置に取り換つた。真赤に焼けた鉄片を金床の上に取り出して父親がコツコツと金槌で叩いてゐる間に八重は、仕事場に続いた畳の居間に這ひあがつて、畜音機を廻しはじめた。
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