出して行つた。夢中になつて滝本は追ひかけようとすると、ネープを抱いたまゝ草の上に倒れてゐる武一に気づいたので、武一の方へ駆け寄つた。
裏山の櫟林の一隅には、その時武一と滝本が拵へたネープの墓が今も在る筈だ。
「で、守夫は、St. David《ダビツト》 といふことになつてゐるんだよ。」
独りで点頭きながら武一が指命したので滝本は、わけも知らずに左う書き換へた。
(これは後になつて滝本は読んだのであるが、それらの名前は村井の、彼がいろいろな古典の騎士物語や神話中の人物を引用して、それに自分達の心象、経験、憧憬等を仮托しながら創作した新しい浪漫派の歴史小説中のことになぞらへてゐたのであつた。)
メデユーサと称ふ女悪魔の従妹であるボーラスは夫を殺し、新しい夫を迎へるために、先の夫との子供であるパトリツクを邪魔にした上句玄関番の悪竜《ブラツク・ドラゴン》に命じて、彼を殺さうとした。|南方の騎士《シルバー・ナイト》の一員に加はる念願でパトリツクが或日、家を棄てゝ旅路に上つたところを竜《りう》は闇の森蔭で待伏せした。竜《ブラツク》は、その両眼を、パトリツクがその下を眼指して進路を運ばなければ
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