けてゐた時分であつた。――武一の家の屋根で、百合子がそれを待つてゐる役だつた。だから此方から飛す時に別段用もなくても何かしら通信文を認めて送つたりしてゐたのだ。屋根の上で、それを百合子が読んでゐるところを、太一郎は何時も遠くから眺めて、余外《よけい》な感違ひを起して好奇心を持つたのである。
その時のは何んな内容だつたか滝本も忘れたが、
「うむ――それは……」
太一郎が狼狽の色を露にして、
「手紙とは知らなかつたさ。妙なものがついてゐると思つて見たゞけだよ。そこに棄てゝあるよ。」
草むらの蔭を指差したので、滝本が腕を離して、そつちを探さうとすると、
「あツ、間違へた――僕は、うつかり懐中へしまひ込んでゐた!」
と慌てゝ太一郎が飛びのきながら示した紙片《かみきれ》を見ると、表に滝本が徒らに大きく書いた百合子の宛名があつて、そして、もう封が切つてあつた。滝本が更に責め寄らうとすると、もう太一郎は五六間も先へ逃げてゐて、振り返つて、
「好い気味だ。鳩位のことで泣きツ面をしてゐやがら――。今にもつと物凄い痛手を喰はしてやるから覚へてゐろ!」
などゝ、いわれもない罵りを浴せて、一散に駆け
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