滝本の眼に、同時に、ネープが燕のやうに腹を反して転落する態《さま》が映つた――二人が駆けつけて見ると、
「僕は野鳩のつもりで打つたんだよ。」
 太一郎が脚下のネープを指して寧ろ得意さうに呟いた。――武一は、たらたらと血潮がしたゝり落ちるネープを懐中《ふところ》の中に乗せると、素肌の胸に直接《ぢか》に当てゝ、彼女の体温を見守つてゐたゞけだつた。
「君は――」
 と滝本は思はず理性を失つて太一郎の肩をつかんだ。「さつき僕等がこれ[#「これ」に傍点]を飛ばさうとしてゐるそばを通つて――解つてゐた筈ぢやないか!」
「この辺には鳩は多いからね。」
 太一郎は皮肉な抗弁を試みたが、唇は微かに震へてゐた。――。
「僕はこの通り官札を持つた遊猟家なんだから……云へば、まあ、それは気の毒なことをしましたな――と、それだけの挨拶で済む筈だよ。」
「遊猟家だつて!」
 その言葉に滝本は、無比な憤りを覚へて、力一杯つかんでゐた肩先を圧《お》した。「鳩についてゐた手紙は何うしたんだ。君は、その手紙を見る為に、斯んな酷いことをしたんだらう。」
 その頃武一は滝本の処へ鳩の籠を運んで来ては、自家までの伝達の練習をつ
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