組み]“|The Coming of St. Authony《オーソニーもやつてきた》”[#ここで横組み終わり]と書いて性急な咳払ひを続けた。
 パトリツクと云へば、|翼のある白馬《ペガウサス》に打ちまたがつて、地獄の魔王から「如意の剣」を奪ひとるクリステンデムの「赤靴下《ダンデイ》」だ。クレテの海底に埋没したカビールの女王の腰帯を索《もと》めに水底を掻き潜る長|呼吸《いき》の選手の名だ、セブラは――。
 ――何うも、冗談なのか、真面目なのか滝本には、これらの「シルバー・ナイト」の鼻息のほどが解らなかつたが、自分の番になつたので、同じく単に無言の健在の意を知らせるだけのつもりで自分の名前を誌すと、傍らから武一が早速見とがめて、
「そんな呑気な名前なんて書き入れて、若しも堀口の一味にでも――」
 と、鋭い注意を与へた。「前にも俺は伝書鳩《ネープ》を彼方の森で打たれたことがあるぢやないか、それ、この前の総選挙の時だつた、疑り深い彼等はそれを反対党へ送る秘密通信か何かと間違へて……」
「選挙の時だつたが、然しあれは篠谷の太一郎がお百合に宛てられた手紙を変な風に感違ひして、ネープが飛んだ犠牲に
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