たり、「乾盃の唄」を合唱したりした。――竹下は、皆なの顔をスケツチして、誰を、ロビンにし、誰をウヰール、また誰をセント・ジヨーンにしようか? などと、はじめは冗談めかしく云つてゐたが、いつの間にか無気になつて、
「滝本だとか、村井だとかと、これまでの名前で呼び合ふのは既成観念につきまとはれて面白くないから、これから、何か別の名称を吾々の代名詞としようぢやないか。少くとも、この生活の圏内では――」
などと途方もない提言を持出した。
「名前ばかりでなく、言葉もつくらう。ガリバー旅行記の小人国や大人国の言葉を参考にして、よしツ、そいつは一ト月のうちに俺が拵へるよ、先づ幾通りかの暗号を――」
と森が讚同すると、村井も膝を打つて、
「俺は、この附近の地理を験べてから、俺達にとつてだけ所用な個所に古代アテナイの花の名前を引用した符号をつけよう。」
と調子づいた。
少しばかりのビールの酔で皆なが他合もないロマンチストになつてゐたところへ、裏の滝本の部屋の窓を注意深く叩く音が滝本にだけ聞へた。と彼は弾かれたやうに飛び出して行つた。
――「これを森さんから頼まれて来ました。」
見知らぬ若者が
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