ところなんだが――」
 百合子の兄の武一だつた。竹下と村井を一処に伴つて来たのだが、人通りが余り多くて歩き憎いから遅くなつて其方へ行かうと思ふ、それまでこの辺のカフエーでゞも時を消したい、話が沢山あるから迎へに来ないか――といふのであつた。竹下は画、そして村井は小説を志ざしてゐる森と滝本の共通の友達だつた。
 滝本は、百合子とのいきさつを最も簡単な言葉で伝へた後に、今にも来るであらうと待ち構へてゐるところだから行き憎いと断ると、では俺達も仮面《めん》でもかむつてお花見の堤を通り抜けて行かう――と云つた。
 もう一辺庭先に出て見ると、もう大方花見の行列も出尽してしまつて、遥かの田甫道を煉つて行く炬火《たいまつ》や提灯の火が、海の上の漁火のやうに揺れながら遠のいて行つた。月光を浴びた菜畑が白く、ちらちらと波のやうに映つた。
 ――「お――い、守夫、見えるぞ。」
 あれは竹下だと滝本は声の方を振り向いた。
「そんなところで、変装をして逃げ出して来るお姫様を待つてゐるなんて、図々しいぞ。」
 村井の野次で、滝本も思はず笑ひ出してしまつた。――滝本は声の方へ駆け降りて行つた。
「やあ/\!」――
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