くわよ。だけど直ぐまた戻つて来てしまふわ――帰るとか、帰らないとか、そんなことで母さん達と云ひ争ふのがつまらないから、散歩のつもりで従いて行くだけのことよ。変な云ひ方をするようだけど、自分の自由性《フレキシビリテイ》を自分ではつきり信じてゐるから――平気だわ。」
 滝本には百合子の言葉の意味が、はつきりと解り憎くかつたが、
「ぢや今度は、あつちからいきなり東京へ行つてしまふつもりなの?」と訊ねた。
「いゝえ。」
 と百合子は「今度は決して誰にも解らないやうに気をつけて、また此処に来るつもりなのよ。」
 さう云いつて、いたづらさうに肩をすぼませた。
「森からの便りを待つて、それから二人で東京へ出かけるかね。」
 百合子の兄の武一のことを滝本は云つた。
「えゝ、昨日約束した通り――。ぢや行つて来るわよ。そして、夜か、明日の朝早く、変装でもして来るかも知れなくつてよ。そのつもりでね、今度は、しつかりかくまつて下さいよ。……何だか、昔の物語見たいで妾面白くつて仕方がないわ。」
 百合子は、戯談《じやうだん》らしく胸を張つて滝本に握手を求めた。
「芝居の――何か昔風の科白を知らない? こんな場合
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