前の日のコルネツトの場合と同じような百合子の「ナンセンス嗤ひ」ぢやないのかしら――とも思つた。
 滝本は、そつと百合子の寝室の扉の前に来て、おして見ると、中から鍵が降りてゐた。
「百合子さん。」
 と呼んで見たが返事もしない。
 仕方がなく滝本が、庭をまはつて見ると、窓は閉つてゐたがカーテンに隙間があつたので、気合《けはい》を窺ふと、百合子は、ベツドに突ツ伏してゐた。床に膝を突いて――。そして、背中全体が切なさゝうに震へながら波打つてゐた。嗤つてゐるのか、咽び泣いてゐるのか? 滝本には判別し憎かつた。

     四

「百合子さん――」
 もう一度滝本は呼んで見たが、百合子は何時までも突ツ伏しつゞけたまゝ顔をあげようとしなかつた。
 ……だが、百合子が声に応じて顔をあげたなら、一体自分は何んな言葉をかけるつもりなんだらう――不図左う気づくと、余程理性を欠いたらしい自分のたつた今の挙動に後悔を知つて、そのまゝ窓下を離れた。
 何時堀口達が踏み込んで来るかも知れぬといふ場合に、斯んなところを見つかりでもしようものなら、また何んな聞くに堪へぬ罵倒を浴せられるかも計り知れない。別段堀口達の思
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