、泊つたわよ。今日も明日も泊るつもりですわよ。」
 滝本は傍に居られないで、座敷に戻ると、家中を彼方此方と無意味に歩き廻つてゐた。書斎の扉《ドア》は開け放しになつて、ベツドの毛布が床に半分落ちてゐた。――百合子がベツドの方が望ましいと前の晩云つたので、滝本は鍵を渡して、あけ渡したのであつた。そして自分は、留守居の年寄に傍に来て貰つて、ずつと離れた部屋で寝た程、余計な神経をつかつてゐるではないか。
「妾の父が見えたんですツて――ぢや、恰度好いわ、妾は、守夫さんと結婚する意志がある――といふことを云つて下すつても関ひませんわ。えゝ、でも、二三年先のことになるかも知れないけど……そんなことは此方の自由ですもの……えゝ、えゝ、これだけの話でもう充分よ。」
 それで、百合子は電話を断《き》つた。――と彼女は、次の部屋でまごまごしてゐる滝本の傍らを、パジヤマの袖で顔を覆ふようにして、眼も呉れずに駆け抜けた。そして滝本の書斎へ――彼女の寝室へ、慌しく駆け込んでしまつた。
 電話の、百合子の終ひの言葉は滝本には凡そ思ひも寄らぬものだつた。信じて好いのかしら――と疑はずには居られなかつた。仲裁のための、
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