足した。
「何だつて!」
 滝本は、思はず怒鳴り返した。――「失敬なことを云ふなツ!」
「凄い腕だね。たうとう娘を誘惑してしまつて……」
「馬鹿ツ!」
 滝本は、震へて、喉が塞《つま》つた。
「森さんでは捜索願ひを出すと云つてゐるぞ――」
「此処にゐるのが解つてゐて捜索も何もないぢやないか――」
「つかまらないうちに逃げたら何うかね。……君の母さんが、其家は逢引の宿ぢやないから、出て行つて貰ひたいと云つてるよ。」
「……俺の勝手だ。」
 滝本は、怒りのために全身が震へて、今にも昏倒しさうであつた。
「登記所へ行つて見て来ると好いんだ、其家が誰のものか直ぐ解るよ。出て行け。」
「何うしても出て行かなかつたら、何うしようといふんだね。」
 滝本は、不思議な落着を覚へた。
「悪党――女蕩し!」
「…………」
 滝本は、言葉を失つた。
 ――「妾が出るわ。」
 何時の間にか滝本の傍らで百合子が、この争ひを聞いてゐた。百合子は滝本の書斎の鍵を持つてゐたが、その手で受話機を引きたくつた。
「もし/\、妾、百合子ですが――」
 と静かに呼びかけた。
「堀口さんですか、昨日は失礼しました。……えゝ、妾
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