んだよ、そこの役場の威張つた人のは……低い眠いやう声でね。」
「どうして――」
「此方は別に呼び棄てにされることはないんだね、と云つてさん[#「さん」に傍点]では向方としては具合が悪いんだらう……ヤマザキといふ人[#「といふ人」に傍点]とか、タキノといふ人[#「といふ人」に傍点]とかとさ、さん[#「さん」に傍点]の代りがいちいちといふ人[#「といふ人」に傍点]なのさ――何某といふ人[#「といふ人」に傍点]は居らんのかね、とそんな風に云はれてゐる人もあつた。それがまた、酷く厭々らしい憤つたやうな調子でさ……」
「…………」
それがどうしたの? といふ風に良子も、さつきから沈黙を保つてゐる周子と退屈さうに顔を見合せてゐた。
ヤマザキといふ人の方が、私よりも先に用事が済んで、
「お先きに――。大分混んで来たやうですから聞き損はないやうになさいよ。」と云つて帰つて行つた。
私は、煙草を喫しながら窓に凭つて、白く光つてゐる真向ひの窓や、そこの石の階段や、まぶしく陽を享けてゐる小砂利の道などをうつとりと眺めてゐた。
「タキノといふ人……H・タキノといふ人は居らんのかね。」
二度目にさう呼ば
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