ようとしてゐるのであつた。
 庭の隅では、ギラギラと眼呟しい真昼の陽の中で二人の井戸掘人が満身に力を込めて、黙々と井戸を掘つてゐた。
「あと、幾日位ひかゝるんでせう。」
「ほんとうなら十日程前に仕上る筈だつたが、それでは出が薄いといふので、また後十日程続けるさう――」
「大丈夫なんでせうか。」
「あの人達は、あの通り一生懸命なんで、見る度に何だか気の毒になつてね。」
 母と周子は、そんな話をしてゐた。

[#5字下げ]二[#「二」は中見出し]

 また、申し合せたかのやうに意地悪く、暑い好い天気ばかりが続いてゐるのにも係はらず、海は毎日不気味な荒れ模様を保つてゐた。私は、海水浴をすることだけは可成りの楽しみを抱いて帰つて来たのである。私は、毎朝波の静まるのを希つて、時には朝午と二度も、ぼんやりと腕を組んで沖のあたりを眺めてゐる漁夫達の列に加はるのであつたが、何時も舌を打つて戻つて来た。
 私は、たゞ黙つて碌々してゐるのではなく、今度に限らず、始終わけもなくこせこせと落つかぬ素振りを示して、まつたく母などが云ふ通りに傍の者までに迷惑を及ぼしてしまふのであつた。此方から進んで傍の者の心を掻
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