てゐるんですよ。」
「年中……」と、周子は云ひかけて、生活の上では私が色々母を欺してゐることを悟つて、年中同じことばかり云つてごろごろしてゐるんですよ、何処にゐる時でも――と云ひたげなところを続けなかつた。
「ほんとうに傍の者の方が……」
「あゝツ! あゝツ!」と、私は時折傍若無人な法螺貝の音に似た溜息をついてゐた。――これから永く、この自分の傍にゐなければならない周子は堪らないことだらう、お母さんなんかこの頃別居してゐるので返つて幸せさ――私は、そんなに馬鹿気て消極的なことを思つたり、今はもう亡い幾人かの吾家の人々を幼時の自分の周囲に置いて、そのうちで唯一人眼の前に残つてゐる母を、幼時の自分にその儘結びつけて回想したりした。少しでも自分と一処に永く暮した人が、一番多くの不幸を自分の為に味つてゐる――そんなことを私は、少しも遠慮勝ちな心になることなしに徒らに洒々と思ひ耽つたりした。
私は、そつと、自分の思ひ過しか窶れた風情の窺はれる周子の横顔を覗いた。
そして勝手に私は、あのやうな生来の性質をも忘れて、近頃の――といふ風に限つて、この鬱屈の底に何か眼のあたりの事件的な起因を裏打ちし
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