つて私がそんな癇癪を起しても、眉ひとつ動かさずに凝ツとしてゐた。つまらないといふ風に扱はれると私は、此方もつまらなく自分が馬鹿に見えて、一つは間が悪るかつたのである。――彼女は、その私には頓着なく何か別の不快なことを考へてゐるらしく、時々眼を瞑つて軽く首を振つたりしてゐた。
私は、憤つた動作で二三度勢急に盃を飲み干し、暗い庭に眼を放つた。闇のなかでも、こゝから射す灯火を斜めにうけて、音のない井戸の噴水が仄白く光つてゐた。
「何でも好いから、黙つて突つ立つてさへゐればそれでお終ひになつてしまふよ。」と、父は、私に教へた。
何々役場の開け放した入口から玄関前の広場を越えたところに、やはり開け拡げた小さな窓があり、其処に何々区裁判所が見えた。――「あそこに行つたつけな……もう二度と行くこともあるまいな……」などと私は、述懐したのである。
瑣細な土地の境界争ひが、訴訟事件になつてゐたのである。父が、おそろしく憤慨してゐた。
「勝手に向方で間違ひをして置いて、訴へるとは何んだ。自分で行く、自分で行く、一言云へばそれで解ることだ、他合もない、理窟はないんだ、弁護士の厄介になんて誰がなるもんけ
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