ぜえ、遥々と汽車に乗つて来たといふのに一日まる潰しさ。」
「あなたは、やり損ひぢやなかつたの?」
「うむ――大丈夫だつた。」
「威張る程のことでもない。」
「……変なのは俺ひとりさ、それに今日は、阿父さんの古服を着て行つたらう……少しダブつくんで歩き憎くかつた。」
「つまんないことを、あんたは……変な風に云ふのね。」
 いつもさうだつたが、この時は殊に眼立つて周子の素振りは、そんな私の云ふことを無下に稚戯にして享け容れない風だつた。
 私は、関はず続けた。――「尤も、前に一度俺があそこへ行つた時のことを俺は、妙にはつきり覚えてゐるんだ、その時は阿父さんと俺と一処に行つたんだ、ホラ、家から使ひが来て俺がわざ/\熱海から出かけて来たことがあるぢやないか。――さうだ、二人とも同じやうな白い服を着て行つたから夏だつたんだ。阿父さんが死ぬ前の年の夏なんだ。」
「そんなこともあつたかしら。」と、周子は飽くまでも無感興を固持してゐた。私は、さつきから可成り我慢してゐたのだが、急に彼女の白々しさが醜くゝなつて、
「チエツ! 面白くねえ奴だなア、もう話さないよ。」と、叫んだ。――何故か彼女は、いつもと違
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