「ぢや何故死んだつてえことを云はなかつたのさ。」
「だからさア、向ふではそんなことは訊きもしないんだよ。」
「ぢや代りでも……」
「さういふことは、もう向うでは当然としてゐて、みんな本人ばかりが行くところなんだからね、余外なことは訊ねやしないよ。机の上に写真を載せて入学試験を受けるのよりは……」
 私は、自分でも何と云つて好いか解らなくなつて「訊ねもしないことなんて云へば叱られるんだ。第一俺は、あの書つけだつて好く読んでゐやあしないんだ、たゞ行つたゞけのことなんだ、たゞ黙つて行きさへすれば好いと云ふんだから、たゞ黙つて……」などと烏耶無耶におちて行つた。
「誰もそんなことを云やしない――」
「いや、――まつたくの田舎者で、たゞヘイヘイと怖れ入つてゐるだけで、向方の云ふことだつて好く解らなかつた。」
「ぢや、どうせ碌なことはないでせう。」
「何も此方は悪いことをしたわけぢやないんだからな、それや安心だが。」
「そんなことまで気になるの……何といふ――」と、周子は、愚図と臆病と痴呆とを形容すべき最大級の言葉が見当らないので焦れツたさうに顔を顰めた。――「罰金を収めに行くんぢやあるまいし……
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