怖くて、赧い顔をして引き下つたのである。私は、開け放しになつてゐる入口の傍の腰掛に掛けてゐた。他にも待つてゐる人が四五人居た。
「随分待たせますなア。」
向ひ側に居た年寄の人が、退屈さうに私に声をかけた。――「名前を呼ばれた時に直ぐに行かないと、酷い目に合ひますから……」
「酷い目に?」
「出直しになつてしまふんですよ。帰つてしまつたことになつて、後廻し……」
「気をつけませう。」
私は、隣りが学校で、休み時間だと見へて酷く騒々しいのを心配した。
「私は、少し耳が遠いんでね。――頼みますよ。K・ヤマザキですから。」
「K・ヤマザキ――はい、解りました。」
「あんたは?」
「……あの、H・タキノです。」
私は、一尺位ひの高さのトンネル型の窓ばかりを視詰めてゐた。
「代りだといふことも云はなかつたの?」
周子は、私の話を打ち絶らせたさゝうな調子で訊ねた。私は、彼女と反対に話がひとりでにはずんで行くらしかつた。
「代りではいけないんだよ。好い位ひなら俺だつて勿論行きはしないさ。」
何だか変だな、代りでもあの分なら好いわけなんだがな? などと思ひながら私は、厳めしさうに云つてゐた。
前へ
次へ
全78ページ中62ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング