泉へ行つてゐる母からは、そんなやうな意味の通知があつた。
掘り抜き井戸は、もうとうに出来あがつて、荒れはてた庭の隅で静かに水を噴いてゐた。小さな水桶には新しい水が張り詰め、珠のやうに躍り、戯れるやうに砕けてさんさんと噴き滾れてゐた。
私は、夕闇の中に水の影が消え去せるまで其方を眺めながら、勿体振つた様子で盃を傾けてゐた。
良子は、幼い栄一と一処に湯に入つてゐた。栄一の暴れる音や、叫び声がのべつに癇高く響いてゐた。
「――栄一は、もう一里位ひ歩くのは平気ね、それや元気よ。」
「それで疲れたの?」
「そんなこともないんだけれど――家に帰つて来たら何だか急に苛々して来て……」
「…………」
「あゝ、何だかあたし気持がくしや/\して仕方がない、今日は。……皆なで今日は、方々歩いて来て可成り疲れてゐるんだけれども、お湯に入るのも面倒――」
「俺も今日は、珍らしく汽車に乗つて……」
私と周子は、そんな話を取り換してはゐたが少しも話が溶け合はなかつた。
「良ちやんは、明日か明後日あたり帰らうか知らなんて云つてゐる。」
さう云つて周子は、また庭の方へ眼を投げてゐる私の顔を見た。
「――もう飽
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