すると周子は、ウツと息を切つて、薄ら笑ひを浮べながら、
「あたし白状するとね……」と云ひかけて、この人はさつき自分が良子と話してゐたことを聞いてゐなかつたのかしら? といふ風に良子を振り返つて眼を見合せてゐた。二人の友達が此方には少しも解らない暗号みたいな言葉で話しあつてゐるのを傍で聞いてゐる時のやうな私は厭な気がした。
「何よ?」
「悪いのかしら、あたしは? 良ちやん。」
「でも……」と、良子も苦笑した。
「何がよ。」と、私は叫んだ。
「それや、あたしだつて少しは気がとがめてはゐたんだが……あたし一辺もあなたの口の前で息を吸ひ込んだことはないのよ、今まで! 何時でも、その間は息をしなかつたわ、随分苦しいことなんだが。だつて厭だと云つては、何だかあなたに悪い気がしたし、それより他に方法がなかつたんだもの……」
 はじめは苦笑しながらだつたが、だんだんに彼女の声は泣き笑ひのやうな震えを帯びて来た。「……あやまるわ。これは何時までも黙つてゐなければならないと思つてゐたんだけれど……何だか、あなたが、だんだん真面目になつて来るのが……でも、どうしても、どうしても、厭だ/\/\……」
「……」
前へ 次へ
全78ページ中56ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング