更披瀝するやうな臆病さに囚はれたり、惨めな敗北の矢を吾手で吾が胸に突き刺すやうな痛さを怖れて、返つて卑屈に、純情を殺さねばならぬやうな破目に陥ちてゐた。――彼女の純情を傷つけたのも亦私なのである。……様々なかたちで彼女から復讐されても仕方がない程私は、今迄多くの意地悪るを施してゐるのだ。二人のそんな感情を私は、沁々と嘆くことがあつた。だから私は、彼女の私に対する忠実な方面を一層見極めることで、云はゞあんな寂しさから救はれようと努めた。
――俺の口の試験をして呉れるのは今では彼女ひとりだ。
私は、そんなことに、あのやうな感傷に走り、感謝を抱き、得難き親密を感じ、時には秘かに涙ぐましく胸を悸はせ、好もしき伴侶とさへあがめた。
私は、上向けに寝転んで、うつかりするとこの頃さういふ新しい癖が生じた――知らずに口をあいてゐた。……祖父は、父と同じく突然脳溢血で倒れたのであるが、死んでから大きく口をあいてゐたので、傍の者が交る交る顎をさすつてそれを閉ぢさせた。自分もすゝめられたが倒々手を触れなかつた――。
「その罰かな!」
ふと私は、自分の新しい癖に関聯なくそんなことを思つて首を振つた。
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