父以外の者は)妙に厳しさうな掟を守り、その癖内々では同人同志でも嘘のつき合ひをしてゐるやうなこの種の家庭に沁々と幻滅を感じた、加けに此方の非ばかりを鳴したがる意地悪るな連中……。
 そんなやうな意味のことを言外に含めて、時々遠廻しに私を詰つた。まつたく不自由に不公平な、悪い意味で古風な(例へば私は、結婚後に他の家人と別居するなどといふことが心苦しかつた。)頭の所有者である私は、彼女からでも吾家の非難を聞くと直ぐにムツとするのであつた。が、一寸と言葉を遠廻しにしてやると、諾々としてゐる私のその場の呼吸をすつかり呑み込んでしまつて、様々な手法で常に彼女は私に復讐をしてゐた。たしかに私は、その場の頭が遅鈍なのである。そこでは少しも気附かない、その癖恬淡とはおそらく反対に、一週間も経つてから漸く知らずに聞いてゐたことに疑念を持つて、と、突然ムツとして、時にはそこで何故自分は今ムツとしたかを当の相手に説明して返つて屡々冷笑されることが多かつた。だんだんに彼女の手法は巧妙になつて、滅多に私はそれに気附くことはなかつた。だから今では、稀にずつと後になつてそれに気附いても、怒れば如何にも己れの遅鈍を今
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