置かなければならなかつた。

[#5字下げ]五[#「五」は中見出し]

 母が留守になつてから、周子や良子は明らかな寛ろぎを見せてゐた。――彼女等のそれに私は、軽い厭はしさを覚えながらも、己れも動作に現さぬ程度では、いくらか彼女等のそれに似たらしい感情を抱いてゐるのに気づいて、秘かに憮然とした。幼年時代を母と共に長く父の留守を守り、その儘母と共に成長して来てゐる私は、そして常に幼年時代の愚かしく感傷的な追憶家である私は、今頃になつて一寸とでも母を忘れる心などに出遇ふと盗心を起した程に酷く慌てゝ、吹き消さずには居られなかつた。
「いくらか、避暑にでも来てゐるやうな気分になつたかね。」と、私は何気なさを装ふて彼女等に訊ねた。
「えゝ。」と、良子は無邪気さうに点頭いて薄ら笑ひを浮べてゐた。周子も、それに殆ど同意するやうに、
「あたしは未だ一辺も避暑とか旅行とかをしたことなんてないから、そんな気分なんて知らないわ。」と云ひながら、皮肉らしく、地震後に仮のつもりで寄せ集めの古木で建て直したらしい、そしておそらく永久にその儘に終るであらう、小屋のやうにがさつな家の中を見廻してゐた。
「さう云へば俺
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