とらへようとしたが、私の身の交し方が速かつた。)彼の胸に夢中で飛びかゝつた。
「お前えは居たのか?」
「何云つてゐるんだい、馬鹿野郎!」と、私はあらん限りの声で叫び、彼の胸を擲つた。――すると彼は、鬼の真似をして私に飛びかゝつた。私は、その横面に手をあげた瞬間、ふと思つて――(何アに、いけなければ死にもの狂ひの喧嘩だ!)たゞ、身を交すハズミに一寸と間隙を感ずると、思はず無意識に、
「ハツ!」と彼の顔に息を吐きかけた。と、彼は、
「ワツ、やられたぞ――しまつたなア!」
斯う、いつもの遊びの時と同じ調子のうめきを挙げ、規定の声を放つて、どたりと其処に昏倒した。
私が、寧ろアツ気にとられた。祖母も母も、私達のこの霹靂の如き奇怪な早業に打たれて魂の抜けた姿で、部屋の真ン中にふんぞり返つて声一つ立てずに唇を噛んでゐる狂人の姿を、震えながら眺めてゐた。――そして私は、自ら得体の知れぬ得意さで、にやりとすると同時に、極度の昂奮から激しく五体が震え出し、忽ち貧血症を起した。
その後幾日か経つて彼は、東京の癲狂院へ送られたのであるが家人は、長い間私の前では、彼は学校に帰つたのだといふ風に取り繕ふて
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