だから無理もないが、そしてあれは常態の叔父だからあんな回想で多少鬱屈を晴らされるのだが……前の晩あたり酔ひ過ぎて何かそれに類する痴態でも演じたのかな?
「まさか……」
「え?」
「いや、昨夜酔つた?」
「でも、おとなしいわね、この頃のあなたは……例の唱歌さへ歌はないわね。」
「たゞ、にや/\してゐるばかりか。あまり有りがたくもないぞ。」
「でも、陽気だから好いわ。」
「さうかね。」
「良ちやんなんて愉快がつてゐるわ。」
――皆な手の施しようもなく、蒼ざめて、突然の叔父の狂態を眺めてゐた。私は彼が酒にでも酔つてゐるのだらう位ひにしか思つてゐなかつた。だから日頃とあまり変りのない親しさで眺めてゐた。或る夕方、突然彼は、そんなことになつたのである。――たゞ、平常はあんなに可細い声で、笑ひ方などは喉の奥で山羊の鳴き方のやうだつた、そして誰にでも柔順である彼が、――彼の何処からあんなに凄まじい大きな声が出るのか? と私は、可笑し気な心地で眺めた位ひだつた。
この章の冒頭にあるやうなことを怒鳴りながら彼は、家中を駆け回つてゐた。
「親父は何処へ行つたんだ。」
「おい/\、気を鎮めなければいけな
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