彼方で受けた無根水とをもつて練り固めるので御坐います。――ところが余の物は大概集りましたが、老兄も知らるゝ通り私達がこの国に入つて以来、私達は未だ一度も慈雨の恵みを享けてゐないぢやありませんか! で、無根水を得る術がありません。」
「…………」
「いや、だがもう御心配は御無用です。老兄の回生は全くわたくしの掌中に帰しました。――私は、只今、鵬に身を化し、十万里の雲程を駆け回り、漸く一滴の無根水を得て立ち帰つたところで御坐います。これで一粒の烏金丸と共に、老兄の命は再び吾々の手に帰しました。いざ、一休みいたして――」
「…………」
「烏金丸の調合に取り掛るといたしませう。」
 そんなことを云ひながら私は、のろのろと叔父の薬戸棚の前に進んで、二三の薬品を秤にかけたり、乳鉢をかき回したりして、仰々しく一粒の丸薬を拵え(手真似)あげた。私は、これを患者に服ませ、
「チクリ。」と云つて、頬を突いた。
 同時に彼は、ぴかりと眼を視開いて、巧みにあたりをきよろ/\と見回した。
「あゝ、酷い目に遇つた。」
「うまく、やられたらう。」
「俺、ほんとうに少し眠つてしまつたよ。」
「さうかね。」と、私は得意
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