せた。
「いえ/\、その処方なるものが非常に難かしう御坐います。――一粒はよく不治の難病を治し、二粒は以て悪鬼を殺し、三粒は即ち天の雲を掌に招んで飛雲に駆けることが出来るといふ名薬には相違御坐いませんが、材料を得るのに一寸と骨が折れるので御坐いましてな……」などゝ私は、いつの間にかすつかり暗誦してゐる叔父の創作に依る出鱈目の科白を、ませた口調で述べ立てながら飽くまでも相手をもどかしがらせた。はつきり意味などは解らない文字でも私は、その口調や節のつけ方を小坊主のやうにまる覚えしてゐたのである。
「…………」
「あゝ、私のこの困難苦渋は何に喩えたならば宜しう御坐いませう。もとよりこれは神仙に授つた名薬には相違御坐いませんが、神は私の忍耐の力を験さるゝ御意か? たゞ薬の名前だけしかお授けになりませんでした。私は、十年の星霜を費して漸く材料の何であるかを発見いたしました。」
「…………」
「名称は、名づけて烏《ウ》金丸と申します。私の不断の研究の結果に依つて製法を見出しました。即ち、巴豆の細末と大黄の一両宛に鍋臍灰を混じて、是を白馬の尿と、さうして、未だ地上の何物にも触れぬ前の天の雨水を層雲の
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