ば平常なら私は、もうワツと泣き出すに違ひない、いや、この時も実際それに近い顔つきになつて、
「もう、止《よ》うした。」と云つた。
「負け逃げか、卑怯だな、それとも兜を脱いだのかね……いや、ぢやその一辺だけは許してやるから、さア来い。」と彼は、ほんとうに未練らしく、だが巧みに私の気嫌をとつた。そして彼が、無理矢理に私に駒を握らせようとした時――私は、矢庭に身を躍らせて、
「ハツ!」と、勢ひ好く彼の鼻を眼がけて毒気を放つた。と、彼は、真に迫つた動作で、
「アツ、やられた、残念……」と叫んで、徐ろに上向けに倒れた。彼は、私が時々画を頼んだことのある日清戦争中の人気者であつた「勇敢なるラツパ卒の討死」の光景を、活人画にして私の眼前に髣髴させた。
 私は、その活人画は黙殺して、天上の悪魔を打ち倒した時の「豆の木のジヤツク」の心を心として、悠々と、剣を鞘に収める真似をして、彼が息を引き取るのを見降しながら、
「他愛もなく片附けてしまつた。あゝ、胸が清々とした。――生き返らせるとまた煩いから暫くこの儘にしておかう。」と、憎々しく云ひ棄てゝその場を立ち去つた。
「仲が善いね、お前達は――。また絵でもか
前へ 次へ
全78ページ中36ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング