もみんな何処かへ行つてしまへツ! あゝ、焦れツたい/\! 口を利くのも面倒だア、ハ……だア、面倒臭いや、ギヤツ、ギヤツ、ギヤア――だ!」
 ……私は、眠り続けたからツぽの頭からすつぽりと蒲団を被つてゐた――私は、そこに二十年近くの間隙のあることを全く忘れて、あの叔父の怖ろしい罵声をはつきりと耳に感じた。……日増に私の鬱屈は強まり、五官は凡て呆たけ、混濁を極めて蒼ざめ、窓の外には真昼の陽がカンカンと当つてゐるのも知らずにどろどろとまどろんでゐた。――(「親父」は私の祖父、「阿母」は父方の祖母、「姉公」とは私の母である。――叔父は私の父の弟である。彼は、私の父が外国から帰るまでの間殆ど私達と一処に暮した。その頃彼は医科大学生だつたが、卒業までには十年も費し、その間二度も癲狂院に入院した。)
 皆なひつそりとして叔父の狂態を眺めてゐた。彼の陰鬱に透き通つた声が家中を駆け回つた。
「大丈夫?」「大丈夫!」
 母と私は囁き合つた。答への方が私で、私は自信があつたのだ。
「この阿母奴!」
 そんな声もした。――(彼の発病後の酷い狂乱に就いての記述は省く。今予は、狂人を描く興味はない。)……が、私が
前へ 次へ
全78ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング