とを私は呟くと、口笛を吹きながらさつさと歩き出した……。
祖父と父が無表情で、睦まじさうに並んで井戸掘りの仕事を眺めてゐた。この屋敷続きの畑を潰して、貸家を建てたい! と父は思つてゐた。祖父は、父のさういふ考へを卑んでゐた。私が見あげると、井戸掘りの櫓が石油坑の櫓のやうに高く空にそびえてゐた。これなら大丈夫だ! と、私は思つた時眼が醒めた。私は、醒めたり眠つたりする惰眠ですつかり疲労して、やつと床を離れた。――夢だつたのか! と思ひながら私は、夢のやうに椽側に出て猫のやうに凝ツとしてゐた。
「向うの家の時分には、随分幾度も井戸を掘つたやうな気がするが!」と、私は其処で井戸掘りの光景を眺めてゐた母に話しかけた。
「お爺さんは井戸好きだつたから。」
母は、椽側に腰かけて見物してゐた。女主人らしい母の様子が寂しく私に感ぜられた。祖父と父が職人を雇ふことが好きで私の古い記憶にはさういふのどけさが多かつたが、職人の仕事を見る者はやつぱり祖父と父でなくては私の感じに慣れなかつた。
私は、だるく重い胃袋のために動くことをはばまれた気持で、口臭を気にしながら母の傍に並んでゐた。――周子は、その従
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