になつてゐた。終ると私が先に、
「今日は、どう?」と、臆病な態度で訊ねるのであつた。すると彼女は、疎かな様子を見せぬために一寸と首を傾けて、注意深く、
「今日は、未だ少しお酒のにほひが残つてゐる。」と正直気に答へて、自ら点頭くことがあつた。
「今日は何でもない、綺麗!」
斯うきつぱり云ひ放つて、私と共に晴れやかな顔になることもあつた。
「ウツ! 今日は、とても堪らない、ウーツ、酷い、酷い! 鼻が曲りさうだ。」と叫んで彼女は、己れの鼻や口のあたりの空気を勢急に払ひのけることがあつた。
一ト月ばかり前から頻繁に斯んなことを始めてゐたが、彼女が細い観察を披瀝すればする程私は、好気嫌に意を強くする態度を示すので、この頃では彼女はすつかり手心を覚えて、時には、私に二度も同じことを繰返させては、これには夥しく自信のない私の心に好き得心を与へることに努めた。
同じやうに頭の重い鬱陶しい日ばかりが私に続いてゐた。
私は顔を洗ひに行くのも面倒で、いつもの通り午近くに寝床を離れると、椽側に出て猫のやうに凝ツとしてゐた……夏の真昼だといふのに、妙にあたりが明るいばかりでさつぱり暑くないな! そんなこ
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