え!」――「出さへすれば埒があくだらう、何アに――ツ、何アに、失敬な奴だ、訴へるたア何だア!」
 父は、がむしやらに憤つてゐた。そして無暗に取りのぼせた。亢奮のあまり、いざとなる日までその土地の所有名儀人が私であることを忘れてしまつた。だから私が法廷に出なければならなくなつたのである。さすがにそれに気づいた時には一寸とたじろいだらしかつたが、亢奮と間の悪るさの遣り場がなくなつて、愚かな意地で私を其処に立たせることになつたのである。
「私が――?」
「黙つて突ツ立つてゐれば、それで好い、面倒臭いからさ!」
 それだけしか父は、私に告げなかつた。そして二人は、来年はひとつアメリカへ出かけような――だから、一処になら僕も行きたいんだよ――一年位ひの予定で……女房子も伴れて行くと好い……案内役になつてやらア――十何年もたつんだね、もう、阿父さんが帰つてから! ――さうかなア……――祖父になつたヘンリーと子を抱いた Shin が、先づF一家を訪れるかな――ハヽヽヽ、何だか間が悪いな……西部にも一辺伴れてツてやるぞ――ぢや僕は今からピストルを練習しておかうかな――馬鹿ア、そんな山奥へ行くもんかよ――などと云ふことを話しながら汽車に乗つたのである。私は、何処の土地が今日の争ひの種になつてゐるのかといふことさへ訊ねなかつた。
「何も二人で今日は、出かけることもなかつたんだな。」と、馬鹿/\しさうに云つたりした。
「さうだらうね。」と、私も、声までも全くの無能らしく筒抜けた調子で、ぼんやり窓の外を見て他のことを思つてゐた。――「僕は、裁判官はお伽噺でより他に知らない。あゝ、芝居では見たことがある。」
「芝居の通りだぞう。」
「気味が悪いね、何だか。」
「大丈夫だよ。――それだけのことで好いんだから。それで負ける筈はないんだ。」
「それだけで済むんならね。だけど負けたつて知らないぜ。」と、私は退屈さうに云つた。
 ――「私も前に一度あそこに来たことがあるんです。」
 ヤマザキといふ年寄りが、私と一処に窓から向方を眺めながら、つい此間は法廷の方の用で彼処に来たが、やはり斯んなに待たされて随分退屈した、斯ういふ処の用は何んな瑣細な用でも一日がゝりだ! などといふことをかこつたので、
「私も――」と、私は、向方の窓を指差して云つたのだつた。
「へえ!」と、その人は、一寸とウロンな顔をして私の
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