アム氏は、やがてこれを映画に完成しようと心を砕いてゐる前の晩もあの酒場で私と出遇つたあのモノクルの教授である。自分は撮影技術のことばかりでなく様々な骨格の運動状態を見極めなければならないのだ。やがて自分の期する撮影機が完成すれば白昼凡ゆる場所に野外撮影に出かけて一切の生物の運動上の骨格状態を撮影しようと思つてゐるのだが、それまでは、この当り前のレントゲンで種々なモデルを頼んだ上で、標本を撮つてゐるのだが、その標本画のうちに未だ酔漢の運動状態だけが不足してゐる――と彼は兼々私の酔態が稀に見る奇体なものであるからモデルになつて欲しいと望まれてゐた。そして私もこれまで幾度か酒をあをつて、この不気味な光線の中に立つたのであつたが、何時の時でも私はいざといふ段になると酔が醒めてしまつて失敗に終つてゐた。
スクリーンの人体は、スパルタ体操を終ると、右手をあげて此方をさしまねいた。
「ヘレンが君を招んでゐるんだよ。」
G氏が斯う云ふので、私がスクリーンの向ひ側に入つて見ると運動シャツ一つになつて立ちはだかつてゐる綺麗な彼女に出遇つた。
「まあ、好く来て下すつたわね。」
彼女は私の姿を認めるがい
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