やうな眼つきをして、未だ見ぬ花やかな世界に憧れながら孤独の歌をうたひつゞけた。あの、ランプではないか。私は、破れかゝつた重く憂鬱な手風琴を取りあげると、重味を補ふための皮のバンドを十文字に背中に結びつけて、「奴隷の夢の歌」や「インヂアンの嘆きの歌」を弾奏した。そして、また「七つの星の歌」や「錬金鍛冶屋の労働の歌」や「翼ある馬の歌」などを歌つて情熱の空を駆け回つた。嵐の晩となると「メフィストフェレスの登場歌」や「ジークフリード遠征の歌」を高唱して奇怪な幻と闘つた。また私は「早稲田の歌」や「バッカスの行進曲」を弾奏し、意気に炎え、終には狭小の可見世界に居たゝまれなくなつて、春先きの或る日、歓楽をもとめて蜂のやうに都へ登つた。
 断末魔の瞬間には、過去の様々な経験や人物を一時に思ひ返すといふ話であるが、私もこの時、今にも息が止絶れてしまふかと思ふと、そんな他愛もないランプの周囲に集つた過去の様々な自分の憧れに満ちた表情が次々と現れては消えた。薄暗いランプの蔭で、おまけに飾りの氷柱がちか/\と光りを反射するので、表情の凹凸だけが暗闇の中に、明暗の線がくつきりと強い大写しになつてぼんやりと浮び出
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