とだらしない音を立てゝ床の上に転げ落ちると、絞殺された悪魔のやうに下向にのめつてしまつた。(神が、悪魔の屍を上向きに置かざらしめぬのは、神が、吾らをしてメフィストの奴僕たらざらしめんが為の誡めなり――と神学者ヨハンガストが、バジル神学校でファウスタスに会見後、悪魔に絞殺された彼の屍の位置を指して、その談話録の中に述べてゐる。)
絶望の盃であをつた酒の酔が、にわかに目眩ましい渦巻になつて私の五体を得体の知れぬ恍惚の空に導いた。私は、ヴェニスの空中で三態の悪魔の姿体の見得を切つたファウスタスの夢を追つた。……さあ、そこで、真つ倒まに、水の中へなり、沼の中へなり、転落するのを待つばかりだつた。
私は、静かに瞑目した。生温い風を切つて円筒のやうなものゝ中を一散に転落して行く気合は、はつきりと解るのであるが、一向奈落の底に達しないではないか――などと遠くに娘の靴音を聞きながら考へてゐると、不図眼蓋の裏がぼんやりと明るくなつて来た。
シエードの周囲に氷柱《つらら》のやうなヒラヒラがついてゐる古めかしい台ランプが点つてゐるのだ。私は永い年月の間田舎のうらぶれた村の書斎で、このランプを点し、この
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