懐ろの中へ飛び込まれてしまつた。何故俺は口を慎しまなかつたのだらう。」
私達が、鼻と鼻とを衝き突けて争ふてゐると、
「何て、まあ煩い漁色漢達だらう。あゝ、面倒だ、灯《あか》りを消してやれ!」
とヘレンが叫んだかと思ふと、忽ち部屋は真暗闇になつた。
二人は、思はず、アツと叫んで、床に四ツん這ひになつた。そして口々に、俺はダイアナの犬だとか、俺はファウスタスの馬だとかと呟きながら秘薬の在り所を訊ねなければならなかつた。
「暗いうちに、ひとりで野蛮な踊りを踊り抜いて、背中の擽つたい南京豆を振り落してしまはなければならない。」
と呟きながらヘレンは軽妙な靴音をたてゝ彼方此方と飛びまはり始めた。
「ヘレンは、一体何んな踊りをおどつてゐるのだらう?……この靴音で想像するやうな踊りを、わしは未だ嘗て明るみのうちで見たこともないが……」
真夜中のやうな静寂の中で、教授が斯う唸つた後には、全くその靴音から娘の動作や表情を想像するのは困難である。恰も小声で何事か囁くかのやうな微妙な甘美さに満ちた靴の音が響いた。
「あゝ、俺は、この儘で満足だ……」
私は、一度ソフアの上に這ひあがつたが再びドタリ
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