顔が赤くなった気がした。
「今日はわざわざ御遠路のところをお運びくださいまして……(ええと?)じつは……その誠に恐縮《きょうしゅく》なことで……そのじつは父が四五日前から止むを得ない自分自身(オッといけねエ)……ええ、止むを得ない自分用で、じつはその関西の方へ出かけまして、今日は帰るはずなのでございますがまだ……それで私が……(チョッ、弱ったな)……どうぞ御ゆるり……」
私はこれだけの挨拶をした。括弧《かっこ》の中は胸での呟《つぶや》き言だった。ちゃんと母から教わった挨拶でもっと長く喋らなければならなかったのだが、これだけ言うのに三つも四つもペコペコとお辞儀ばかりしてごまかしてしまった。そしてこの挨拶のしどろもどろを取りなおすつもりで、胸を張ってできるだけもっともらしい顔つきをして端坐《たんざ》した。だが脇の下にはほんとうに汗が滲《にじ》んでいた。
「これが本家の長男の純一です」
父方の叔父が、まだ私の知らない新しい親類の人に私を紹介した。そして私の喋り足りないところを叔父が代って述べたてた。
だいぶ酒が廻ってきて、祖父の話が皆なの口に盛んにのぼっていた時、私は隣に坐っている叔父
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