その方がいいとも、帰らなくったっていいや、……帰るな、帰るなだ」と常規を脱した妙な声で口走ったが、ちょうど『お伽噺』の事を思いだしたところだったので、突然テレ臭くなって慌《あわ》てて母の傍を離れた。
翌日の午《ひる》には、遠い親類の人たちまで皆な集った。
「せめて純一がもう少し家のことを……」
「そういうことなら親父でも何でも遣《や》りこめるぐらいな気概がなければ……」
「ほんとにカゲ弁慶《べんけい》で――そのくせこのごろはお酒を飲むとむちゃなことを喋《しゃべ》ってかえって怒らせてしまうんですよ」
「酒! けしからん。やっぱり系統かしら」
叔父と母とがそんなことを言っているのを私は襖越《ふすまご》しで従兄妹《いとこ》たちと陽気な話をしていながら耳にした。私のことを話しているので――。
「この間もひどく酔って……外国へ行ってしまうなんて言いだして……」
「純一が! ばかな」
「むろん、あの臆病《おくびょう》にそんなことができるはずはありませんがね」と母は笑った。
「気の小さいところだけは親父と違うんだね」
客が皆な席に整うと、私は父の代りとして末席に坐らせられた。坐っただけでもう
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