「アメリカとは?」彼は聞いた。
「海があってはだめだろうね」
 祖父はまじめな顔で彼の母を顧《かえり》みた。
 彼は誰もいない処でよく地球儀を弄《もてあそ》んだ。グルグルとできるだけ早く回転さすのがおもしろかった。そして夢中になって、
「早く廻れ早く廻れ、スピンスピンスピン」などと口走ったりした。するといつの間にか彼の心持は「早く帰れ早く帰れ」という風になってくるのだった』
 そこまで書いて私は退屈になって止めたのだった。いつか心持に余裕のできた時にお伽噺《とぎばなし》にでも書きなおそうなどと思っているが、それも今まで忘れていたのだった。球だけ取り脱《はず》して、よく江川の玉乗りの真似などして、
「そんなことをすると罰《ばち》が当るぞ」などと祖父から叱られたりしたことを思いだした。
「古い地球儀ですね」
「引越しの時から邪魔だった」
 それからまた父の事がうっかり話題になってしまった。
「私はもうお父さんのことはあきらめたよ。家は私ひとりでやって行くよ」と母は堅く決心したらしくきっぱりと言った。私はたあい[#「たあい」に傍点]もなく胸がいっぱいになった。そうして口惜しさのあまり、

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