僕は朝夕これを執って、わが家の同人の誰でもを相手に剣術の練習をする、堪《たま》らなく気が滅入って始末のつかぬ時には、これで戦争ごっこをして気分を晴《はら》す、武者修業物語を読んで亢奮《こうふん》すると、これを振り廻して作中人物に想いを擬する。
 月の輝き渡った白い街道である。丘の中腹にあるわが家の窓を振り返ると、鳥が脱け出た後のように窓の扉が伸々《のびのび》と夢幻的に外に向って開いている。
 僕は剣を振り翳《かざ》しながら明るく平坦《へいたん》な街道を駆けていた。頭の鳥の羽根が、バザバザという音をたてて莫迦《ばか》に心地|好《よ》く颯爽《さっそう》として風を切っている。
「詩人も続け、哲学者も物理学生も俺《おれ》に続け――。国境の丘まで見送ろう。」
と僕は叫んだ。そして僕はこんなことを思った。「お前たちを修業の旅に送ってしまった後の、孤独の俺こそ、本来の俺の姿だ。今夜限り俺はお前たちとも縁がないのだ。」
「マーメイド・タバンの酌婦《ウエートレス》には、お前から俺の言葉を伝えておいてくれ――玉虫を見つけたら旅先から届けるからに、俺の君に寄する複雑な愛の徴《しるし》として胸飾りにしてくれ―
前へ 次へ
全30ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング