しく手を振った。なかなかの洒落者《しゃれもの》である僕は着物を奪われてしまったかと思うと泣きたくなるのであった。が泣く間もなく、パンの棒を小脇に抱えた妻がマメイドに続いて現れ、
「あなたは、否応《いやおう》なく、当分の間は、その装《なり》でいなければなりませんよ。」
と宣告を与えた。それを聞くと同時に僕は一途の嘆きがこみあげて来て、
「ああ、どうしよう? どうしよう?」とばかりに声をたてて泣きくずれてしまった。
 一同の者は僕の女々《めめ》しい醜態に接して唖然《あぜん》とした。何故なら僕は常々所有の物資に関してはおそらく恬淡《てんたん》げな高言を持って彼らに接していたからである。
「何ぼなんだって、この身装《みなり》でこれから俺は毎日を送らなければならないなんて……」
「皆さん。」
と七郎丸がいい放った。「安心して下さい、マキノ君は今夜は常規を外《はず》れた或る歓喜に酔っているがために、思わずも感情が不思議な処へ外《そ》れてしまったんです。彼ばかりとはいいません、この私も――」
「七郎丸さん、あなたもお酒を飲む人なの?」
「そんなことは……」
と彼はそれとなくおしのけて、「七郎丸」に関
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