なって、見えるじゃないか!」
 僕は、仕事場の壮麗な遠望に魂を奪われて固唾《かたず》をのんだ。僕は、振りあげられた槌《つち》が、打ち下され、更に打手の頭上に構えられた時分に、打たれた音がこっちの耳に響いて来るほどの距離であるにもめげず、かがりの火の明るさをすかして、彼らのどんな微細な動作をも見逃さぬように努めた。
 月光の、静寂な大気の――無限大に青白いスクリーンの中央に、世にも不思議な巨大なランプの月の傘の如く八方に放った光芒《こうぼう》が澄明な黄金の輪を現出して、その一区劃の中ばかりが戦闘準備のように花々しい活気を呈している面白い光景に僕は魅了された。
 ……すると――おそらく僕が余りに凝然と眼を視張って眼ばたきもしないでいるために起る視覚の錯誤なのだが、その巨大な提燈は、活躍を続けている花々しいシルエットをはらんだまま、スーッと音もなく滑走し、宙に浮んで、小さく、明るい月に変った。それでもそこに立働いている人たちの姿は相変らずはっきりと見え、丸源の太郎、二郎、三郎の顔かたちはおろかどんなことを話しているのか、その口の動きで想像も出来るくらいにまざまざと判別出来るのだ。
「月のある
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