の囲いがなかったから、その上仕事場の前の広場に焚火《たきび》があがっているので、働いている人たちの姿がくっきりとシルエットになって浮び出ている。
「もうやっているのか?」
 僕は眼を視張って訊《たず》ねた。なんとも名状しがたい爽快な嵐《あらし》が僕の胸のうちには更に新しく火の手を挙げた。
「…………」
 七郎丸は深く点頭《うなず》いてから、重々しい口調で説明した。
「丸源はね、先々代の七郎丸の友達でね――半ば義侠的にこの仕事を完成してやるという意気込みなんだよ。この月のあるうちに大方を仕上げてしまうと、今日力んでいたが、まさしく取りかかったじゃないか。あそこには十五人ばかりの弟子が働いているけれど、八人までは丸源の伜《せがれ》なんだぜ。そろいもそろって屈強な舟大工さ。そらそらあの焚火の傍で何か叫んでいるらしい赤鬼のような老人が指揮者の丸源だよ。……どうだい。」
 焚火の炎が、月明の真中にともされた大提燈《おおぢょうちん》のように輝いて、働いている人たちの姿が、提燈の画になって見える。
「惜しい哉《かな》、声がとどかないな。」
「それは無理だ。」
「それが一層|輝々《こうごう》しい眺めと
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