リアの妙ちやんに手伝つてもらつて――」
 と僕は妻を馬から手をとつて降ろしながら命令した。「髪を梳き、白粉もつけ、踵の高い靴と穿き換へておいで。その間に、大ちやんが馬を飛ばせて町の金貸者にあづけてある首飾りを持つて来て呉れるさうだから。」
「うれしいやうな、悲しいやうな……」
 と妻は微笑を湛へて胸をおさへた。
「早く/\、馬鹿!」
 僕は叱つた。そして僕は、タバンのテーブルで、東京の井伏へ宛てゝ約束のハガキを書いた。
「これから出発する(Mr & Mrs)。あしたの午後レインボー・グリルで待つ。今度は決して酒を飲まぬ。」

          *

 僕は指を挙げてタキシイを止める。速い! 速い!
「蜜柑問屋のフオードよりは具合が好いね。」
「ほんとうにね。あたし、ルイズ・ブルツクス大好き。他に何処かで演つてゐないかしら?」
「今日は鈴木に案内してもらつてカーピ・オペラを見物しよう。ミセス・ヘンキナの奇麗な声に酔はう。」
「封切される時には、あんなのはカツトされてしまふんでせうね。惜いわね。」
「試写なんていふものをはじめて見たらう。」
「淪落の女――か、あたし面白かつたわ。あんな風
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