ゝ、おそらく行列は鶯の声に酔つてゐるのだらう、ぽか/\と、駒の蹄の音ばかりが長閑にそろうてゐるばかりで一向脚なみは速まらなかつた。
いよいよ都をさして旅立つ僕等夫妻を送る僕の森の友達連である。僕等は森に小屋を建てアメリカ土人の服を着て、この冬を森で過したのである。鳥を打ち、魚を釣り、薪をつくり、またある時は掠奪を縦《ほしいまゝ》にし、米を得、酒を得て、健やかな命を保つて来た。空と森と小川と馬と、そして居酒屋の出来事と――それが僕等の世界であつた。その他に何んなことが世界に起りつゝあるか、僕等は知らなかつた。
峠を越えると一行は川に沿つた堤を静かに駆けて村に達した。
「蜜柑問屋の自動車は十日も前にパンクしたまゝ使はずにゐるが途中で二三度空気を入れたら停車場位までは使へるだらうツてさ。」
「その代り、ドライバアは、そいつを好く心得た上で、最も技巧的に不思議なスピードを出さなければならないだらうツてさ。」
水車小屋の若者が、不安な面もちを現して行列に復命した。
「その腕前だけは、たしかだ!」
大学生である弟が、唯一の得意の腕を突き出して、
「兄さん!」
と唸つた。
「タバン・イダー
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