馬の腹に潜んで敵地に赴く決死隊の一員、勇士シノンに就いてのエピソードを挿入すると、この場の情景が鮮明になるのであるが、「シノンの芝居」は私が前の晩に森の中で大見得切つて演じた後であるから、省く。
で、私が、ひとり、呆然と梢を眺めてゐる様子を素早く撮影したのを区切りとして、私達は、行列をつくりまた歌をうたひながら賑やかに森を見棄てた。「真夏の夜の夢」の、ひようきんな役者達のやうに馬鹿/\しい夢を春霞みの深い森の中に置き去りにして――。
(B)
やあ、鶯が鳴いてゐる!
愉快だな! 春だ、春だ! などゝ、はじめは鳥の声を耳にする度に一同は馬の上から相呼応し合つてゐたが、行列が森をぬけ、沢を渡り、明るい峠にさしかゝると八方から間断のない鶯のさへずりが群がり起り、何方《いづれ》を指さし、何方を振り向く予裕もなくなつて、
「もう少し脚を速めないと午の汽車に乗れないかも知れないよ。」
「何しろこれから村に着いて着物を着換へなければならないからね。」
「蜜柑問屋のフオードが空いてゐないとすると馬車を仕立てなければならないからな。」
「いそげ/\!」
などゝ口々に云ひ合つてゐるもの
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