らぬ/\、名前も聞いたことがないと答へるばかりです。
「あれは、寄生する親木の類ひが特別な種類ではなかつたかしら。植物学《ボタニー》の書物を見ておくべきだつた!」
 私がついそんな嘆息を洩すと、フロラも思はず眉を顰めて、
「こんなに歩き回らねばならなかつたのなら、妾は橇小屋から馬を借り出して来たのに。」
 といふ不満など述べて、暗に私の無責任を詰るのです。無理もありません。ほんの五分か十分の片手間と云つて誘ひ出したのに私達は既に二時間あまりも完全に上ばかり眺めて、尋ね回つたのでしたから。
 私は無論、手をのばせばとゞくであらうほどの高さの幹を目あてにしてゐましたところが、フロラは、
「お前は樹の幹をよぢ登ることは出来るかしら?」と質問しました。
「余り太い幹でなければ……」
 私は、可細い喉の底で唸りました。私は少年の頃、果物をとる目的で高い枝を伝ふてゐた時、突然枝が折れて地上に転落し左腕を折つた経験を持つて以来、木登りと聞くと迷信的な怖れを抱いて、忽ち脚がすくんでしまふのです。
 私はギツクリとして眼を白黒させてゐた途端に、ずつと先の方へ踏み入つてゐたフロラが、
「ハロー、ハロー!」
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