こかへ行つてしまへツ! あゝ、気持が悪い、独りにならなければ、とても堪ツたもんぢやアない! この吐気だつて、何も酒ばかしのためでもないんぞウ! 神経病のはじめなんだア! それをヒト(余)の気分にもかまはず、傍の奴が……あゝ、もう口を利くのも面倒臭いツ! カツ!」
 あまり突然の剣幕に怖れを抱いたのか? 彼女は、ギヨツとして頬をふくらませてゐたが、一言の言葉も発せずに間もなく涙ぐむと、口惜しさを凝つと肚に据ゑた素振りをして、やをらその場を去つた。
 彼は、晴れた秋空を静かに見あげて、眩暈ひを覚えた。――でも、飽くまでも凝ツと身動きせずにゐると、そんな五体にも微かに、爽やかな秋の気を感じた。
「早くこの病ひを治してしまはう、そしてあのチームに入会して久し振りに花々しい腕を奮つて見よう、海も山も、思案中にお終ひになつてしまつたし、他に運動の方法もないし……今度こそは!」などゝ思ひながら、細い腕をぬツと突き出して、ギクギクと折つたり伸したりしてゐると、他合もなく鬱屈が溶けて興奮さへ覚えた。そして、空々しく口笛を吹き鳴した。
 ふと彼が、見ると、前の木立の間で見えかくれに彼女が真正面に此方を睨ん
前へ 次へ
全30ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング