「止められてしまつたんだよ。」
良介は、頭を掻いて笑つた。それぎり彼等は、それに関する話は取り交さなかつた。いつの間にか良介にも、彼のあの朝の「ゲーゲー」が伝染してゐた。毎朝彼等は、交互に喧ましい手水を使つた。
「あゝ苦い/\。」
「向ひ側の家が空いたから、あつちへ移らうぢやないか、あそこなら外から見えないで好い、縁側の前が森であることも好い。」
「僕がひとつ、作りつけの流しを造つてやらう、土管をいけて水はけを作らうよ。」などゝ良介が云つた。
そつちへ移つてから彼等は、あまり酒を飲まなくなつた。良介は、流しを拵りかけて六ヶし過ぎると云つて中止した。
良介は、部屋の中に幾つも棚をつくつたり、運動と称して朝夕|内外《うちそと》を猛烈な勢ひで掃除した。彼の家が、この頃のやうにキレイに片づき掃除の行きとゞいたのは初めてだつた。
房州のNからは時々誘ひの葉書が来た。また次郎からは、今度は妙義山へ行くつもりでゐるが一処に行かないかといふ手紙が来た。その時分からまた彼は、長夜の晩酌を始め、また朝のゲーゲーが激しくなつてゐた。
「ゲーが治つたら房州へ行く?」
彼がさう云つたことがあるのを思
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